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Chapter 1

ー 夏の夜、テレビで流れる、既視感のあるホラー番組。

「この写真を見て欲しい。二人の少女がうつるこの写真に、手は何本あるだろうか。数えてみよう。1、2、3、4、…そして、ここにもう一本ある。彼女たちの手に比べて、この手はやや小さく見える。この左手が、この洞窟で不慮の事故死をしたという小さい少女の霊なのだろうか…?」

夏になると、こわい番組だらけになるよね。怖いな〜って思いつつ、ついつい見ちゃう。…で、でもこの手、影の向きがなんかおかしくない?

「ゆ、幽霊なんていない。いない、いない、いない!この手はきっと生成AI?ってやつ!髪も乾いてきたし、今日はもう寝るんだから!」

わたし以外誰も居ない部屋で自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、部屋の電気を消して布団に入った。

…うー、眠れない…。さっきのテレビの事を忘れるために、わたしは充電しかけのスマホに手を伸ばした。寝る前にスマホを見ると眠れなくなるって聞いたけど、こわい方がよっぽど眠れないもん。

スマホを開くと、何件もメッセージが未読だって通知が来ていた。…ええっと、誰からだろう…。こんなに送ってきたってことは、ひょっとすると緊急の連絡かも。

ロックを解除してアプリを開くと、見慣れないアイコンの相手からのメッセージだった。綺麗な金髪のお人形さんのアイコンで、「ロザリー」さん、だって。誰だろ…誰かがアイコンと名前を変えたのかな?でも、わたしの友達に、お人形さんが好きな人って居たっけ?

アイコンをタップすると、未読メッセージが表示された。

"わたし、ロザリーさん。いま、あなたの国に来たの"
(1時間前)

"わたし、ロザリーさん。いま、あなたの町に来たの"
(32分前)

"わたし、ロザリーさん。いま、あなたの家が見えたの"
(13分前)

「こ、これ…メリーさんの電話…!?」

メリーさんの電話。これもさっきやってた怪談のテレビで見たんだけど、たしかこんな怪談で―――

古くなったフランス人形のメリーさんを捨てた女の子。

その女の子の元に、ある夜、電話が掛かってくる。

「わたし、メリーさん。いま、ゴミ捨て場にいるの」

イタズラ電話だと思った女の子は、すぐに電話を切った。しかし電話は鳴り止まない。

「わたし、メリーさん。いま、タバコ屋さんの角にいるの」

「わたし、メリーさん。いま、レンガの素敵なゴミ捨て場の前にいるの」

「わたし、メリーさん。いま、あなたの家の前にいるの」

電話の声が告げる場所は、徐々にだが確実に女の子の家へと近づいていく。 つまり、電話の主は、間違いなく女の子の家の場所を知っている。

女の子が困惑していると、また電話が鳴る。

「わたし、メリーさん。いま、あなたの後ろにいるの」

女の子が後ろを振り返ると ―――

「き、きっと、イラズラだよね。か、感じ悪いなぁ…。わたし、ロザリーさんなんて名前のお人形さん、捨てたことないし!メリーさんなら、電話のはずだし!クラスの子かな…も、もうやめてよほんとに」

せっかくテレビの事を忘れようとスマホを開いたのに、さっきのテレビそっくりのイタズラなんて…でも、いったい誰だろう。

「イタズラはやめてくれませんか。あなたは誰ですか」と送信したら、未読メッセージがまだまだあることに気がついた。

イタズラをバラす(できれば謝ってくれる)メッセージが出て来ることを期待しながら恐る恐るスクロールしていくと、

"わたし、ロザリーさん。いま、噴水のある公園に居るの"
(7分前)

"わたし、ロザリーさん。いま、おうちの前に居るの"
(5分前)

"わたし、ロザリーさん。いま、ベランダに飛び乗ったの"
(3分前)

    "イタズラはやめてくれませんか。あなたは誰ですか"
    (1分前)

ぽこん、と通知音が鳴る。

"わたし、ロザリーさん。いま、ベッドの隣に居るの"
(たったいま)

「ひっ…」

スマホから思わず目を放して隣を見ると、そこには黒いドレスを着た、金髪の、わたしと同い年ぐらいの女の子が、片手に短いナイフを持って立っていて…

…そのナイフを振り下ろす所が見えた。

わたしはとっさに枕を取って体の前に構えて即席の盾を作った。ナイフがまくらを切り裂き、お蕎麦の実がじゃらじゃらと落ちる音がする。…お蕎麦の実の枕なんておばあちゃんみたいかなと思ったけど、堅い枕にしておいてよかった。昔のわたし、ありがとう。

「なっ…」

黒いドレスの女の子が驚いて手が止まったところを見て、わたしはすぐに布団の反対側から飛び出した。とにかく投げられそうなものとかないかな…

…本!

本棚からいくつか本を投げてみたけれど、女の子は痛くも痒くもなさそうだった。女の子はゆっくりと振り返って…次は、こっちに突進してナイフを突いてくるんだ。…わたしには、なぜか女の子の次の行動が手に取るように分かった。それに、命の危険が迫っているのに、わたしはなんだか冷静で。なんだか変な感じがしたけど、今はそのことより、自分の命を守る事を一番に考えなきゃ。そう思い直して、わたしは本棚からなるべく分厚い図鑑を取り出して、女の子がやってくる瞬間を待ち構えた。

想像通り女の子が走り出した瞬間、わたしは図鑑を前に掲げた。ナイフが図鑑に突き刺さる。本を振り回すと、ナイフをどうしても手放そうとしない女の子はよろめく。そのまま図鑑を手放すと、女の子は尻もちをついた。いつの間にか足元にあったスマホをとっさに投げると、女の子の頭に落ち、

「に゛や゛っ゛!?」

…女の子はあっさりと気絶した。

***

…は〜。

一体この女の子は誰なんだろう。わたしはとりあえず部屋の電気を付けた。

すこし背が高い女の子。腰まで伸びる長い金髪。毛先までつやつや…まるでシャンプーのCMみたい。整った顔は、外国の人のようにも、日本人のようにも見える。肌の色は透き通った白色で、黒いドレスとのコントラストが素敵だなぁ。…ほんとうに、お人形さんみたい。

「…こんなかわいい子、わたしの知り合いに居ないよ」

とりあえず、誰かのイタズラじゃないってことは分かったけど、それ以外は何もわからなかった。

女の子の足元には、落としたナイフが転がっている。…少し錆びた大きなそのナイフを見ると、ぞっと胸がざわついた。ドキドキする心臓の音を聞いて、わたしは自分が生きていることを確認する。

…やっぱり、本当にわたしを殺すつもりだったのかな?だとしたら、なんでわたしを?わたしに恨みを持ってる誰かが、殺し屋(?)を雇った…とか?でも、この子はどこかツメが甘くて、「プロの殺し屋」って感じじゃなかった。そもそも、誰かに恨まれるような事なんて、あったっけ?

もしかして、誰でも見境いなく殺しちゃう、殺人鬼…ってやつなのかな?でも、それならなんでわたしのアドレスを知ってたんだろう?

とりあえず、警察を呼んだほうがいいのかな。…でも、なんて説明したらいいの?「メリーさんの電話が本当に来たんです、スマホのメッセージだったけど」って言って、信じてもらえるかな?

それに、…ここまでなんだか変な様子から言って、ひょっとすると…この子にはこの子なりの、警察には言えないような困った事情があるのかも。

…は〜。

わたしはどうしたらいいんだろ。

女の子が入ってくるのに開けただろう窓の外からは、虫の鳴き声が聞こえてくる。