冒頭に書いたように、予想外の2人目の妊娠が発覚しました。 子供1人ですらまともに寝る場所の確保もできないのに、2人となったら完全に無理です。 本気で広い物件を探さなくてはならなくなりました。 発覚したのは1月。予定日は9月。タイムリミットはたった9ヶ月です。
まずはマンションを探しました。 最も需要に合うのがやはりマンションだからです。 理想としては、広い土地に立つ低層マンションのワンフロアを独占1するような物件です。 つまり今のマンションが単純に横に広がって数部屋増えたものが理想です。 2人分増えるので4LDKか5LDKが必要です。
当然そんな物件は一切存在しません。 狭い土地を更に分割し、狭小ワンルームを大量に詰め込んだほうが投資効率が高いため、世の中の新しい物件はクソ狭マンションだらけです2。 賃貸はもちろん、分譲マンションにも広い物件は全然存在しません。 そこそこ広そうなマンションは、まだ東京に土地が余ってた40年前に郊外に建てられた団地か、 超都心の馬鹿みたいなクソデカ1LDKの10臆超え超高級マンションしかありません。 どちらも人間が住める場所ではありません。
建売の物件は明らかに需要が合致しないことがわかりきっているので、注文住宅を建てることを考え土地を探し始めました。 しかし、東京には土地も存在しません。
土地が売りに出される3と、すぐさま住宅ディべロッパ会社に現金で買われ、 今まで一軒だった土地は3つや4つに分割され、ペンシルハウスと呼ばれる細長い建売4にされてしまいます。 そのようなニコニコ現金払いで土地を買い漁れる企業に対し、ローンを組まなければならない我々一般人に勝ち目はありません。 不動産屋によると、東京で買われてない土地があった場合、その土地は買ってはいけない理由があると考えたほうが良いようです。
また、昨今のコロナ禍により、建築業界は建築資材と労働力の不足が深刻で、いつ工事が始められるか予測ができない状況らしいです。 もちろんタイムリミットの9月に間に合うわけもなく、早々に諦めることになります5。
土地の問い合わせをした不動産屋に、毎週末いろいろな物件を見に連れ回されるようになります。 この時点ではどういう形態で買うのか決めていないので、建売だったり土地だったり、同時進行で条件を詰めていきます。
まず最初に、現実を見させられました。 南千住の駅から10分ほど歩く建売の狭小ペンシル物件です。 3階建ての2LDK、廊下が狭く扉の開閉スペースすら確保できないので、個室の扉は引き戸が使われています。 広さの要求も、部屋数の要求も全然満たせません。 「あなたの収入ではこれが限界です」。 転職して収入上げればなんとかなりますか? 「勤続1年以上ないとローン通らないですよ」。 詰んでます。
次に台東区内の建売物件をいくつか連れ回されました。 当然ですが、南千住より更に狭い物件しかありません。 土地もいくつか見せてもらったのですが、10坪もない家を建てられる気がしない細長い土地が3000万。 さらに台東区は全面的に防火地域なので、上モノもコストが高くなります。 「率直に言って台東区は無理ですよ」。 やだやだ台東区に住みたい・・・。
さらに足立区に連れて行かれました。 確かにこのあたりになるとそこそこ広い物件が出てきます。 ですが、北千住より向こうはもはや埼玉です。 家のまわりの道路は狭く入り組んで曲がりくねっており、 このあたりの住民はそんな狭い道に無意味にデカイファミリーカーで突っ込んでくる、 非常に危険な交通事情だというのがひと目でわかりました。 「この辺の人はこういう車に乗りたくて足立区に住んでるんですよね」。 車通りが少ない、住民が車を持っていない・持つ必要がない場所に住みたいので埼玉は厳しいです。
墨田区の右上にも連れて行かれました。 土地はそこそこ広く、上モノの追加コストもかからなそうです。 しかし、あのあたりは2本の大きな川の中洲にあるので水害リスクが高く6、 交通の便も悪く、そして何より工場から悪臭がするという大問題があります。 「やっぱり気づきましたか〜」。 気づきましたか〜じゃねえよ。
希望物件のイメージもできないまま4月になり、生まれるまで半年もないと言う状況になってきました。 子供はまだ乳児で、妻は身重なので内見に同行できません。 この頃、会社の業績悪化でほぼすべての新規事業が停止し7、非エンジニアの早期退職が募集されます。 勤続1年の条件を考えると、もしここでなにかあったら1年は家が買えなくなる可能性が高いということです。 そうなったら当然出産に間に合いません。 一時的に田舎に移り住んでゆっくり探すか? いやそんな場所で生活できない8・・・と色々なシミュレーションをします。 少しずつ焦りが見えてきました。
4月のある土曜日、いつものように墨田区は鐘ヶ淵の建売物件に連れて行かれました。 広さは一応条件を満たしており、鐘ヶ淵駅という不便な駅ではあるものの、 駅までの徒歩10分ほどの道のりは商店街になっており、個人経営の喫茶店や肉屋などが連なり、 車が入ってこないタイプの細い道で楽しく暮らせそうな感じがしました。 割と高評価であることを伝えて、「でもやっぱり台東区がいいんですよね〜」と言ったところ、 運命的な提案をされました。 「土地の所有権 諦められますか?」
実は、台東区の土地は多くが借地として運用されているらしく、所有権の土地は出にくく、 さらに借地であれば同じ金額で一回り広い土地が見つかるようです9。
そこで連れて行かれたのが、浅草の商店街のど真ん中、4LDKで広さも十分10、日当たり良好、 目の前にバス停がありコンビニも近く、アーケード街を通って浅草まで行けるという最高の物件でした。 おそらくローンも引っ張れるだろうという金額に収まっています。
これは運命の出会いだと思い、早速次の日に妻も同伴して内見、 妻も気に入ってくれたので、その場で「ここにします 手続き進めてください」と力強く宣言しました。 善は急げです。チャンスの女神は前髪しかありません。 いつ会社がなくなるかわからんし。
実際、次の週にチームの解散と営業メンバーの退職が決まりました。
購入の意思決定を伝えても、この段階ではまだ募集は停止しません。 ローンの仮審査を通し、売買契約を結んで初めて募集が停止されるのです。 もしこのタイミングで石油王が現金で地主の頬を叩いたら、一瞬で奪い去られてしまうのです。 なので、ローン仮審査はスピード勝負です。
次の週はほぼローン審査の対応にかかりっきりで11、書類を揃えて提出し、無事に落ちました。 地主指定の銀行でそれ以外はNGと言う話だったので、詰みました・・・
完全に諦めていたところ、不動産屋が地主と交渉してくれて他の可能な銀行を見つけてくれました。 書類を提出し、待つこと2週間、ついに仮審査が通ったと言う連絡が来ます。
連絡を受けたのは超会議前日。既に幕張のホテルにチェックインしています。 「GWに入っちゃうので明日契約書にサインしてください」と言われても・・・ 超会議1日目に参加し、ホテルに戻ったのも束の間、すぐさま渋谷まで移動、 2時間位かけて契約書の読み合わせをして契約、手付金50万を納め、雨の中幕張に戻ったときには時計の針は24時を回っていたというハードスケジュール。 タスクを時間通りにすすめるのに必死で、自分が人生最大の買い物をした実感が全然ありませんでした。
その後は本審査が始まり、何度か銀行に足を運ぶ案件がありました。 仕事の方はGWの延長線も終わり、新しいチームに配属され、ひとまず安泰かなという雰囲気になります。 5月中旬には本審査が通り、決済実行日が6/12に決定しました。
安泰かと思ったのも束の間、6月上旬にエンジニアも含む大規模リストラが発表され、その対象になったことが伝えられます。 100名以上のエンジニアとデザイナがリストラされました。
本審査が通っているのでもう何も気にすることはありません。 沈む船に残っていても無駄なので、二つ返事で承諾します。 退職パッケージも出るし。
この最中に決済が実行され、家が正式に自分の所有物になりました。
買った家は建売ですが、概ね満足する仕様でした。 が、1箇所だけどうしても許しがたい、なぜそうなったのか理解できない箇所がありました。 それは、ネットワークの配管がダイニングに出ていることです。
この宇宙にダイニングにルータを置きたい人間なんて1人でもいるんでしょうか? 味噌汁をこぼしてルータが壊れたらどうするんですか? この位置からでは4部屋もあるどの居室に対してもLANケーブルを這わせられません。 **「WiFiでやってください」**と言われましたが、遅いのでダメです。
運が良いことに、元々の配管が書斎にする予定の部屋の壁から入り、風呂の天井裏に抜けるように設置されていました。 そこで、書斎の壁に直接配管を出す追加工事を発注しました。 本当はすべての部屋の壁内にLANケーブルを通したいのですが、壁をすべて取り外す大掛かり工事になるので拒否されました。 将来子供部屋を作ったとき、どうやって配線するかは今から悩ましいです。
なお退職パッケージ12はこの追加工事とエアコン、カーテン、引っ越し代、その他初期費用で全部消えそうです。
持ち家購入という人生最大の買い物を約6ヶ月で完走しました。 物件を見つけるまで4ヶ月、ローンを通すのに1ヶ月、実行まで1ヶ月と言う感じです。 不動産屋の担当者の話では、優柔不断な人だと5年探し続けても見つからないと言う事例もあるようです。 東京の物件は迷っているうちに買われてしまうのです。迷うことすら許されません。
完走した感想としては、不動産業界のスピード感は緩急が強く、なかなかタイミングを測るのが難しいと感じました。 手続きの待ち時間は長いのに、審査が通ったら明日契約みたいなやつです。
また、よくわからない投機実行がされていたり、登場人物が多いのでシーケンス図が複雑そうというのも感じました。 例えば、実は仮審査を申請するより前に、仮のスケジュール感が提示されており、その時点で6/12の決済実行が決定されていました。 不思議な話です。 仮審査と本審査の概念も複雑です。 融資が確定しないと地主は契約したくないし、地主と契約が確定しないと融資はできない、 というデッドロックを無理やり解消するための仕組みのように思います。
建売ならまだマシな方で、土地を買って建物を建てるときは、まだ存在しない建物に対して融資をすることができないので、 更に複雑な建付けで融資をするらしいです。怠惰なプログラマには厳しい世界観です。
住宅自体の感想としては、そもそも住宅メーカーが想定する需要が、リモートワークに向いてなさすぎるというのを強く感じました。 廊下のどん詰りや階段のデッドスペースに小さなカウンターテーブルを備え付けて、**「リモートワークに便利!!」**とか、馬鹿にしてんのか? すでに世の中の一部は恒久的なリモートワークに移り変わりつつあること、労働には面積とデスクと椅子が必要なことを啓蒙しなければなりません。 ネットワークに関しても同様に、WiFiは遅いという前提が全然共有されていないことは問題だと思います。 仕事をするのであれば、回線のスペックを最大限発揮するために有線接続は必須です。
もっと単純に、人間には個室が必要という前提に立ってもらいたい。 本質的に2LDKで夫婦二人暮らしはできません。 しかし3LDK以上のマンションはほとんど存在しません。 マンションのチラシを見る感じ、どうやら妻の居場所はキッチンと想定されているようです。 いますぐやめろ。
いつの日か本当にリモートワークに最適な物件が建売で買えるような時代が来るのでしょうか。 その未来を作るために書かれたのがこの本です。 なお、購入して既に2ヶ月経過していますが、追加工事や転職活動でまだ引っ越せていません。
何はともあれ、日本の中心地の1つである浅草に建つ一軒家のオーナーになりました。 人生のゴールの1つを達成したと言って良いでしょう。 この達成感は足立区や鐘ヶ淵では得られなかったと思います。