プロジェクトに貢献する方法だけでなく、プロジェクトを運営する方法についても知っておくといいでしょう。
たとえば format-patch
を使ってメールで送られてきたパッチを処理する方法や、別のリポジトリのリモートブランチでの変更を統合する方法などです。
本流のリポジトリを保守するにせよパッチの検証や適用を手伝うにせよ、どうすれば貢献者たちにとってわかりやすくなるかを知っておくべきでしょう。
新しい機能を組み込もうと考えている場合は、トピックブランチを作ることをおすすめします。トピックブランチとは、新しく作業を始めるときに一時的に作るブランチのことです。
そうすれば、そのパッチだけを個別にいじることができ、もしうまくいかなかったとしてもすぐに元の状態に戻すことができます。
ブランチの名前は、今からやろうとしている作業の内容にあわせたシンプルな名前にしておきます。たとえば ruby_client
などといったものです。そうすれば、しばらく時間をおいた後でそれを廃棄することになったときに、内容を思い出しやすくなります。
Git プロジェクトのメンテナは、ブランチ名に名前空間を使うことが多いようです。たとえば sc/ruby_client
のようになり、ここでの sc
はその作業をしてくれた人の名前を短縮したものとなります。
自分の master ブランチをもとにしたブランチを作成する方法は、このようになります。
$ git branch sc/ruby_client master
作成してすぐそのブランチに切り替えたい場合は、checkout -b
オプションを使います。
$ git checkout -b sc/ruby_client master
受け取った作業はこのトピックブランチですすめ、長期ブランチに統合するかどうかを判断することになります。
あなたのプロジェクトへのパッチをメールで受け取った場合は、まずそれをトピックブランチに適用して中身を検証します。
メールで届いたパッチを適用するには git apply
と git am
の二通りの方法があります。
git diff
あるいは Unix の diff
コマンドで作ったパッチ(パッチの作り方としては推奨できません。次節で理由を説明します)を受け取ったときは、git apply
コマンドを使ってパッチを適用します。
パッチが /tmp/patch-ruby-client.patch
にあるとすると、このようにすればパッチを適用できます。
$ git apply /tmp/patch-ruby-client.patch
これは、作業ディレクトリ内のファイルを変更します。
patch -p1
コマンドでパッチをあてるのとほぼ同じなのですが、それ以上に「これでもか」というほどのこだわりを持ってパッチを適用するので fuzzy マッチになる可能性が少なくなります。
また、git diff
形式ではファイルの追加・削除やファイル名の変更も扱うことができますが、patch
コマンドにはそれはできません。
そして最後に、git apply
は「全部適用するか、あるいは一切適用しないか」というモデルを採用しています。一方 patch
コマンドの場合は、途中までパッチがあたった中途半端な状態になって困ることがあります。
git apply
のほうが、 patch
よりも慎重に処理を行うのです。
git apply
コマンドはコミットを作成するわけではありません。実行した後で、その変更をステージしてコミットする必要があります。
git apply を使って、そのパッチをきちんと適用できるかどうかを事前に確かめることができます。パッチをチェックするには git apply --check
を実行します。
$ git apply --check 0001-seeing-if-this-helps-the-gem.patch
error: patch failed: ticgit.gemspec:1
error: ticgit.gemspec: patch does not apply
何も出力されなければ、そのパッチはうまく適用できるということです。 このコマンドは、チェックに失敗した場合にゼロ以外の値を返して終了します。スクリプト内でチェックしたい場合などにはこの返り値を使用します。
コードを提供してくれた人が Git のユーザーで、format-patch
コマンドを使ってパッチを送ってくれたとしましょう。この場合、あなたの作業はより簡単になります。パッチの中に、作者の情報やコミットメッセージも含まれているからです。
「パッチを作るときには、できるだけ diff
ではなく format-patch
を使ってね」とお願いしてみるのもいいでしょう。
昔ながらの形式のパッチが届いたときだけは git apply
を使わなければならなくなります。
format-patch
で作ったパッチを適用するには git am
を使います。技術的なお話をすると、git am
は mbox ファイルを読み込む仕組みになっています。mbox はシンプルなプレーンテキスト形式で、一通あるいは複数のメールのメッセージをひとつのテキストファイルにまとめるためのものです。中身はこのようになります。
From 330090432754092d704da8e76ca5c05c198e71a8 Mon Sep 17 00:00:00 2001
From: Jessica Smith <jessica@example.com>
Date: Sun, 6 Apr 2008 10:17:23 -0700
Subject: [PATCH 1/2] add limit to log function
Limit log functionality to the first 20
先ほどのセクションでごらんいただいたように、format-patch コマンドの出力結果もこれと同じ形式で始まっていますね。 これは、mbox 形式のメールフォーマットとしても正しいものです。 git send-email を正しく使ったパッチが送られてきた場合、受け取ったメールを mbox 形式で保存して git am コマンドでそのファイルを指定すると、すべてのパッチの適用が始まります。 複数のメールをまとめてひとつの mbox に保存できるメールソフトを使っていれば、送られてきたパッチをひとつのファイルにまとめて git am で一度に適用することもできます。
しかし、format-patch
で作ったパッチがチケットシステム (あるいはそれに類する何か) にアップロードされたような場合は、まずそのファイルをローカルに保存して、それを git am
に渡すことになります。
$ git am 0001-limit-log-function.patch
Applying: add limit to log function
どんなパッチを適用したのかが表示され、コミットも自動的に作られます。作者の情報はメールの From
ヘッダと Date
ヘッダから取得し、コミットメッセージは Subject
とメールの本文 (パッチより前の部分) から取得します。たとえば、先ほどごらんいただいた mbox の例にあるパッチを適用した場合は次のようなコミットとなります。
$ git log --pretty=fuller -1
commit 6c5e70b984a60b3cecd395edd5b48a7575bf58e0
Author: Jessica Smith <jessica@example.com>
AuthorDate: Sun Apr 6 10:17:23 2008 -0700
Commit: Scott Chacon <schacon@gmail.com>
CommitDate: Thu Apr 9 09:19:06 2009 -0700
add limit to log function
Limit log functionality to the first 20
Commit
には、そのパッチを適用した人と適用した日時が表示されます。
Author
には、そのパッチを実際に作成した人と作成した日時が表示されます。
しかし、パッチが常にうまく適用できるとは限りません。
パッチを作成したときの状態と現在のメインブランチとが大きくかけ離れてしまっていたり、そのパッチが別の (まだ適用していない) パッチに依存していたりなどといったことがあり得るでしょう。
そんな場合は git am
は失敗し、次にどうするかを聞かれます。
$ git am 0001-seeing-if-this-helps-the-gem.patch
Applying: seeing if this helps the gem
error: patch failed: ticgit.gemspec:1
error: ticgit.gemspec: patch does not apply
Patch failed at 0001.
When you have resolved this problem run "git am --resolved".
If you would prefer to skip this patch, instead run "git am --skip".
To restore the original branch and stop patching run "git am --abort".
このコマンドは、何か問題が発生したファイルについて衝突マークを書き込みます。これは、マージやリベースに失敗したときに書き込まれるのとよく似たものです。
問題を解決する方法も同じです。まずはファイルを編集して衝突を解決し、新しいファイルをステージし、git am --resolved
を実行して次のパッチに進みます。
$ (ファイルを編集する)
$ git add ticgit.gemspec
$ git am --resolved
Applying: seeing if this helps the gem
Git にもうちょっと賢く働いてもらって衝突を回避したい場合は、-3
オプションを使用します。これは、Git で三方向のマージを行うオプションです。
このオプションはデフォルトでは有効になっていません。適用するパッチの元になっているコミットがあなたのリポジトリ上のものでない場合に正しく動作しないからです。
パッチの元になっているコミットが手元にある場合は、-3
オプションを使うと、衝突しているパッチをうまく適用できます。
$ git am -3 0001-seeing-if-this-helps-the-gem.patch
Applying: seeing if this helps the gem
error: patch failed: ticgit.gemspec:1
error: ticgit.gemspec: patch does not apply
Using index info to reconstruct a base tree...
Falling back to patching base and 3-way merge...
No changes -- Patch already applied.
ここでは、既に適用済みのパッチを適用してみました。
-3
オプションがなければ、衝突が発生していたことでしょう。
たくさんのパッチが含まれる mbox からパッチを適用するときには、am
コマンドを対話モードで実行することもできます。パッチが見つかるたびに処理を止め、それを適用するかどうかの確認を求められます。
$ git am -3 -i mbox
Commit Body is:
--------------------------
seeing if this helps the gem
--------------------------
Apply? [y]es/[n]o/[e]dit/[v]iew patch/[a]ccept all
これは、「大量にあるパッチについて、内容をまず一通り確認したい」「既に適用済みのパッチは適用しないようにしたい」などの場合に便利です。
トピックブランチ上でそのトピックに関するすべてのパッチの適用を済ませてコミットすれば、次はそれを長期ブランチに統合するかどうか (そしてどのように統合するか) を考えることになります。
自前のリポジトリを持つ Git ユーザーが自分のリポジトリに変更をプッシュし、そのリポジトリの URL とリモートブランチ名だけをあなたにメールで連絡してきた場合のことを考えてみましょう。そのリポジトリをリモートとして登録し、それをローカルにマージすることになります。
Jessica から「すばらしい新機能を作ったので、私のリポジトリの ruby-client
ブランチを見てください」といったメールが来たとします。これを手元でテストするには、リモートとしてこのリポジトリを追加し、ローカルにブランチをチェックアウトします。
$ git remote add jessica git://github.com/jessica/myproject.git
$ git fetch jessica
$ git checkout -b rubyclient jessica/ruby-client
「この前のとは違う、別のすばらしい機能を作ったの!」と別のブランチを伝えられた場合は、すでにリモートの設定が済んでいるので単にそのブランチを取得してチェックアウトするだけで確認できます。
この方法は、誰かと継続的に共同作業を進めていく際に便利です。 ちょっとしたパッチをたまに提供してくれるだけの人の場合は、パッチをメールで受け取るようにしたほうが時間の節約になるでしょう。全員に自前のサーバーを用意させて、たまに送られてくるパッチを取得するためだけに定期的にリモートの追加と削除を行うなどというのは時間の無駄です。 ほんの数件のパッチを提供してくれる人たちを含めて数百ものリモートを管理することなど、きっとあなたはお望みではないでしょう。 しかし、スクリプトやホスティングサービスを使えばこの手の作業は楽になります。つまり、どのような方式をとるかは、あなたや他のメンバーがどのような方式で開発を進めるかによって決まります。
この方式のもうひとつの利点は、コミットの履歴も同時に取得できるということです。
マージの際に問題が起こることもあるでしょうが、そんな場合にも相手の作業が自分側のどの地点に基づくものなのかを知ることができます。適切に三方向のマージが行われるので、-3
を指定したときに「このパッチの基点となるコミットにアクセスできればいいなぁ」と祈る必要はありません。
継続的に共同作業を続けるわけではないけれど、それでもこの方式でパッチを取得したいという場合は、リモートリポジトリの URL を git pull
コマンドで指定することもできます。
これは一度きりのプルに使うものであり、リモートを参照する URL は保存されません。
$ git pull https://github.com/onetimeguy/project
From https://github.com/onetimeguy/project
* branch HEAD -> FETCH_HEAD
Merge made by recursive.
トピックブランチの中に、提供してもらった作業が含まれた状態になりました。 次に何をすればいいのか考えてみましょう。 このセクションでは、これまでに扱ったいくつかのコマンドを復習します。それらを使って、もしこの変更をメインブランチにマージしたらいったい何が起こるのかを調べていきましょう。
トピックブランチのコミットのうち、master ブランチに存在しないコミットの内容をひとつひとつレビューできれば便利でしょう。
master ブランチに含まれるコミットを除外するには、ブランチ名の前に --not
オプションを指定します。
これは、これまで使ってきた master..contrib
という書式と同じ役割を果たしてくれます。
たとえば、誰かから受け取った二つのパッチを適用するために contrib
というブランチを作成したとすると、
$ git log contrib --not master
commit 5b6235bd297351589efc4d73316f0a68d484f118
Author: Scott Chacon <schacon@gmail.com>
Date: Fri Oct 24 09:53:59 2008 -0700
seeing if this helps the gem
commit 7482e0d16d04bea79d0dba8988cc78df655f16a0
Author: Scott Chacon <schacon@gmail.com>
Date: Mon Oct 22 19:38:36 2008 -0700
updated the gemspec to hopefully work better
このようなコマンドを実行すればそれぞれのコミットの内容を確認できます。git log
に -p
オプションを渡せば、コミットの後に diff を表示させることもできます。これも以前に説明しましたね。
このトピックブランチを別のブランチにマージしたときに何が起こるのかを完全な diff で知りたい場合は、ちょっとした裏技を使わないと正しい結果が得られません。 おそらく「こんなコマンドを実行するだけじゃないの?」と考えておられることでしょう。
$ git diff master
このコマンドで表示される diff は、誤解を招きかねないものです。
トピックブランチを切った時点からさらに master
ブランチが先に進んでいたとすると、これは少し奇妙に見える結果を返します。
というのも、Git は現在のトピックブランチの最新のコミットのスナップショットと master
ブランチの最新のコミットのスナップショットを直接比較するからです。
トピックブランチを切った後に master
ブランチ上であるファイルに行を追加したとすると、スナップショットを比較した結果は「トピックブランチでその行を削除しようとしている」状態になります。
master
がトピックブランチの直系の先祖である場合は、これは特に問題とはなりません。しかし二つの歴史が分岐している場合には、diff の結果は「トピックブランチで新しく追加したすべての内容を追加し、master
ブランチにしかないものはすべて削除する」というものになります。
本当に知りたいのはトピックブランチで変更された内容、つまりこのブランチを master にマージしたときに master に加わる変更です。 これを知るには、Git に「トピックブランチの最新のコミット」と「トピックブランチと master ブランチの直近の共通の先祖」とを比較させます。
共通の先祖を見つけだしてそこからの diff を取得するには、このようにします。
$ git merge-base contrib master
36c7dba2c95e6bbb78dfa822519ecfec6e1ca649
$ git diff 36c7db
しかし、これでは不便です。そこで Git には、同じことをより手短にやるための手段としてトリプルドット構文が用意されています。
diff
コマンドを実行するときにピリオドを三つ打った後に別のブランチを指定すると、「現在いるブランチの最新のコミット」と「指定した二つのブランチの共通の先祖」とを比較するようになります。
$ git diff master...contrib
このコマンドは、master との共通の先祖から分岐した現在のトピックブランチで変更された内容のみを表示します。 この構文は、覚えやすいので非常に便利です。
トピックブランチでの作業をメインブランチに取り込む準備ができたら、どのように取り込むかを考えることになります。 さらに、プロジェクトを運営していくにあたっての全体的な作業の流れはどのようにしたらいいでしょうか? さまざまな方法がありますが、ここではそのうちのいくつかを紹介します。
シンプルなワークフローのひとつとして、作業を自分の master
ブランチに取り込むことを考えます。
ここでは、master
ブランチで安定版のコードを管理しているものとします。
トピックブランチでの作業が一段落したら (あるいは誰かから受け取ったパッチをトピックブランチ上で検証し終えたら)、それを master ブランチにマージしてからトピックブランチを削除し、作業を進めることになります。
ruby_client
および php_client
の二つのブランチを持つ いくつかのトピックブランチを含む履歴 のようなリポジトリでまず ruby_client
をマージしてから php_client
もマージすると、歴史は トピックブランチをマージした後の状態 のようになります。
これがおそらく一番シンプルなワークフローでしょう。ただし、それが問題になることもあります。大規模プロジェクトや安定しているプロジェクトのように、何を受け入れるかを慎重に決めなければいけない場合です。
より重要なプロジェクトの場合は、二段階のマージサイクルを使うこともあるでしょう。
ここでは、長期間運用するブランチが master
と develop
のふたつあるものとします。master
が更新されるのは安定版がリリースされるときだけで、新しいコードはずべて develop
ブランチに統合されるという流れです。
これらのブランチは、両方とも定期的に公開リポジトリにプッシュすることになります。
新しいトピックブランチをマージする準備ができたら (トピックブランチのマージ前)、それを develop
にマージします (トピックブランチのマージ後)。そしてリリースタグを打つときに、master
を現在の develop
ブランチが指す位置に進めます (プロジェクトのリリース後)。
他の人があなたのプロジェクトをクローンするときには、master をチェックアウトすれば最新の安定版をビルドすることができ、その後の更新を追いかけるのも容易にできるようになります。一方 develop をチェックアウトすれば、さらに最先端の状態を取得することができます。 この考え方を推し進めると、統合用のブランチを用意してすべての作業をいったんそこにマージするようにもできます。 統合ブランチ上のコードが安定してテストを通過すれば、それを develop ブランチにマージします。そしてそれが安定していることが確認できたら master ブランチを先に進めるということになります。
Git 開発プロジェクトには、常時稼働するブランチが四つあります。master
、next
、そして新しい作業用の pu
(proposed updates) とメンテナンスバックポート用の maint
です。
新しいコードを受け取ったメンテナは、まず自分のリポジトリのトピックブランチにそれを格納します。先ほど説明したのと同じ方式です ( 複数のトピックブランチの並行管理 を参照ください)。
そしてその内容を検証し、安全に取り込める状態かさらなる作業が必要かを見極めます。
だいじょうぶだと判断したらそれを next
にマージします。このブランチをプッシュすれば、すべてのメンバーがそれを試せるようになります。
さらに作業が必要なトピックについては、pu
にマージします。
完全に安定していると判断されたトピックについては改めて master
にマージされ、next
にあるトピックのうちまだ master
に入っていないものを再構築します。
つまり、master
はほぼ常に前に進み、next
は時々リベースされ、pu
はそれ以上の頻度でリベースされることになります。
最終的に master
にマージされたトピックブランチは、リポジトリから削除します。
Git 開発プロジェクトでは maint
ブランチも管理しています。これは最新のリリースからフォークしたもので、メンテナンスリリースに必要なバックポート用のパッチを管理します。
つまり、Git のリポジトリをクローンするとあなたは四つのブランチをチェックアウトすることができるということです。これらのブランチはどれも異なる開発段階を表し、「どこまで最先端を追いかけたいか」「どのように Git プロジェクトに貢献したいか」によって使い分けることになります。メンテナ側では、新たな貢献を受け入れるためのワークフローが整っています。
受け取った作業を master ブランチにマージするのではなく、リベースやチェリーピックを使って master ブランチの先端につなげていく方法を好むメンテナもいます。そのほうがほぼ直線的な歴史を保てるからです。
トピックブランチでの作業を終えて統合できる状態になったと判断したら、そのブランチで rebase コマンドを実行し、その変更を現在の master (あるいは develop
などの) ブランチの先端につなげます。
うまくいけば、master
ブランチをそのまま前に進めてることでプロジェクトの歴史を直線的に進めることができます。
あるブランチの作業を別のブランチに移すための手段として、他にチェリーピック (つまみぐい) という方法があります。 Git におけるチェリーピックとは、コミット単位でのリベースのようなものです。 あるコミットによって変更された内容をパッチとして受け取り、それを現在のブランチに再適用します。 トピックブランチでいくつかコミットしたうちのひとつだけを統合したい場合、あるいはトピックブランチで一回だけコミットしたけれどそれをリベースではなくチェリーピックで取り込みたい場合などにこの方法を使用します。 以下のようなプロジェクトを例にとって考えましょう。
コミット e43a6
を master ブランチに取り込むには、次のようにします。
$ git cherry-pick e43a6
Finished one cherry-pick.
[master]: created a0a41a9: "More friendly message when locking the index fails."
3 files changed, 17 insertions(+), 3 deletions(-)
これは e43a6
と同じ内容の変更を施しますが、コミットの SHA-1 値は新しくなります。適用した日時が異なるからです。
これで、歴史は次のように変わりました。
あとは、このトピックブランチを削除すれば取り込みたくない変更を消してしまうことができます。
マージやリベースを頻繁に行っているなら、もしくは長く続いているトピックブランチをメンテナンスしているなら、Git の ``rerere'' という機能が役に立つでしょう。
Rerere は ``reuse recorded resolution'' の略で、コンフリクトを手っ取り早く手動で解消するための方法です。
この機能で用いるのは、設定とコマンドの2つです。
まず設定のほうは rerere.enabled
という項目を用います。Git のグローバル設定に登録しておくとよいでしょう。
$ git config --global rerere.enabled true
一度この設定をしておくと、コンフリクトを手動で解消してマージするたびにその内容がキャッシュに記録され、のちのち使えるようになります。
必要に応じてキャッシュを操作することもできます。git rerere
コマンドを使うのです。
このコマンドをオプションなしで実行するとキャッシュが検索され、コンフリクトの内容に合致するものがある場合はそれを用いてコンフリクトの解消が試みられます(ただし、rerere.enabled
が true
に設定されている場合、一連の処理は自動で行われます)。
また、サブコマンドも複数用意されています。それらを使うと、キャッシュされようとしている内容の確認、キャッシュされた内容を指定して削除、キャッシュをすべて削除、などができるようになります。rerere については ch07-git-tools.asc で詳しく説明します。
いよいよリリースする時がきました。おそらく、後からいつでもこのリリースを取得できるようにタグを打っておくことになるでしょう。 新しいタグを打つ方法は ch02-git-basics.asc で説明しました。 タグにメンテナの署名を入れておきたい場合は、このようにします。
$ git tag -s v1.5 -m 'my signed 1.5 tag'
You need a passphrase to unlock the secret key for
user: "Scott Chacon <schacon@gmail.com>"
1024-bit DSA key, ID F721C45A, created 2009-02-09
タグに署名した場合、署名に使用した PGP 鍵ペアの公開鍵をどのようにして配布するかが問題になるかもしれません。
Git 開発プロジェクトのメンテナ達がこの問題をどのように解決したかというと、自分たちの公開鍵を blob としてリポジトリに含め、それを直接指すタグを追加することにしました。
この方法を使うには、まずどの鍵を使うかを決めるために gpg --list-keys
を実行します。
$ gpg --list-keys
/Users/schacon/.gnupg/pubring.gpg
---------------------------------
pub 1024D/F721C45A 2009-02-09 [expires: 2010-02-09]
uid Scott Chacon <schacon@gmail.com>
sub 2048g/45D02282 2009-02-09 [expires: 2010-02-09]
鍵を直接 Git データベースにインポートするには、鍵をエクスポートしてそれをパイプで git hash-object
に渡します。これは、鍵の中身を新しい blob として Git に書き込み、その blob の SHA-1 を返します。
$ gpg -a --export F721C45A | git hash-object -w --stdin
659ef797d181633c87ec71ac3f9ba29fe5775b92
鍵の中身を Git に取り込めたので、この鍵を直接指定するタグを作成できるようになりました。hash-object
コマンドで知った SHA-1 値を指定すればいいのです。
$ git tag -a maintainer-pgp-pub 659ef797d181633c87ec71ac3f9ba29fe5775b92
git push --tags
を実行すると、maintainer-pgp-pub
タグをみんなと共有できるようになります。誰かがタグを検証したい場合は、あなたの PGP 鍵が入った blob をデータベースから直接プルで取得し、それを PGP にインポートすればいいのです。
$ git show maintainer-pgp-pub | gpg --import
この鍵をインポートした人は、あなたが署名したすべてのタグを検証できるようになります。タグのメッセージに検証手順の説明を含めておけば、git show <tag>
でエンドユーザー向けに詳しい検証手順を示すことができます。
Git では、コミットごとに 'v123' のような単調な番号を振っていくことはありません。もし特定のコミットに対して人間がわかりやすい名前がほしければ、そのコミットに対して git describe
を実行します。
Git は、そのコミットに最も近いタグの名前とそのタグからのコミット数、そしてそのコミットの SHA-1 値の一部を使った名前を作成します。
$ git describe master
v1.6.2-rc1-20-g8c5b85c
これで、スナップショットやビルドを公開するときにわかりやすい名前をつけられるようになります。
実際、Git そのもののソースコードを Git リポジトリからクローンしてビルドすると、git --version
が返す結果はこの形式になります。
タグが打たれているコミットを直接指定した場合は、タグの名前が返されます。
git describe
コマンドは注釈付きのタグ (-a
あるいは -s
フラグをつけて作成したタグ) を使います。したがって、git describe
を使うならリリースタグは注釈付きのタグとしなければなりません。そうすれば、describe したときにコミットの名前を適切につけることができます。
この文字列を checkout コマンドや show コマンドでの対象の指定に使うこともできますが、これは末尾にある SHA-1 値の省略形に依存しているので将来にわたってずっと使えるとは限りません。
たとえば Linux カーネルは、最近 SHA-1 オブジェクトの一意性を確認するための文字数を 8 文字から 10 文字に変更しました。そのため、古い git describe
の出力での名前はもはや使えません。
実際にリリースするにあたって行うであろうことのひとつに、最新のスナップショットのアーカイブを作るという作業があります。
Git を使っていないというかわいそうな人たちにもコードを提供するために。
その際に使用するコマンドは git archive
です。
$ git archive master --prefix='project/' | gzip > `git describe master`.tar.gz
$ ls *.tar.gz
v1.6.2-rc1-20-g8c5b85c.tar.gz
tarball を開けば、プロジェクトのディレクトリの下に最新のスナップショットが得られます。まったく同じ方法で zip アーカイブを作成することもできます。
この場合は git archive
で --format=zip
オプションを指定します。
$ git archive master --prefix='project/' --format=zip > `git describe master`.zip
これで、あなたのプロジェクトのリリース用にすてきな tarball と zip アーカイブができあがりました。これをウェブサイトにアップロードするなりメールで送ってあげるなりしましょう。
そろそろメーリングリストにメールを送り、プロジェクトに何が起こったのかをみんなに知らせてあげましょう。
前回のリリースから何が変わったのかの変更履歴を手軽に取得するには git shortlog
コマンドを使います。
これは、指定した範囲のすべてのコミットのまとめを出力します。たとえば、直近のリリースの名前が v1.0.1 だった場合は、次のようにすると前回のリリース以降のすべてのコミットの概要が得られます。
$ git shortlog --no-merges master --not v1.0.1
Chris Wanstrath (8):
Add support for annotated tags to Grit::Tag
Add packed-refs annotated tag support.
Add Grit::Commit#to_patch
Update version and History.txt
Remove stray `puts`
Make ls_tree ignore nils
Tom Preston-Werner (4):
fix dates in history
dynamic version method
Version bump to 1.0.2
Regenerated gemspec for version 1.0.2
v1.0.1 以降のすべてのコミットの概要が、作者別にまとめて得られました。これをメーリングリストに投稿するといいでしょう。